「漢方治療」とは、中国の伝統医学(中医学)をベースに日本流に改良した「漢方医学」のことです。
漢方治療は、体全体のバランスを整え、自然治癒力を高めることで症状を改善することを得意としています。
当院では、風邪、滲出性中耳炎、突発性難聴、めまい、咽喉頭異常感症、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、口腔違和感などの耳鼻咽喉科疾患に対する治療法の一つとして、西洋医学と共に漢方治療を行っています。
慢性疾患のある方、気になる症状が続いている方、西洋薬が体に合わない方など、漢方治療にご興味がある方は、お気軽にご相談ください。
漢方について
奈良時代に伝えられて以来、日本の医学の主流は中医学でしたが、日本の気候や風土などに影響を受けながら、少しずつ日本流に改良されていきました。江戸後期になると、長崎から入ってきたオランダ系医学を「蘭学」と呼ぶようになったことで、日本化された中医学を「漢方」という名前を付け、区別するようになったと伝えられています。
漢方薬とは?
漢方医学の理論に基づいて、原則2種類以上の植物・動物・鉱物に含まれる薬効成分(生薬:しょうやく)を組み合わせ処方される「医薬品」のことを漢方薬と呼びます。
西洋薬との違い
通常、病院で処方される薬(西洋薬)は、一つの有効成分で作られているものが多く、「痛みを抑える」「血圧を下げる」など、特定の病気や症状に対して、速やかに効果を発揮するようにできています。
一方、漢方薬は生薬を組み合わせ、複数の有効成分が含まれているので、一つの漢方薬でも様々な症状に効果が見られます。
ひとつ、当院の思い出深いエピソードをご紹介します。
大学病院に味覚障害で通院されている方(70代女性)は、西洋薬による治療で症状が改善しないことから、精神的にも不安定になっていたところ、ご家族と当院を受診されました。
当院では、精神的なストレス・不安を和らげ、味覚障害に効果が期待できる漢方薬(加味帰脾湯:かみきひとう)をお出ししました。
処方からしばらくすると、少しずつ食事が普通に食べられるようになり、ずっと家に籠られていたのが、合唱のサークルに入るなど外へ出て積極的に活動されるようになり、外来にもお一人で通院されるようになりました。
このように、西洋薬は「病気」を主体としていますが、漢方薬は病気ではなく「病人」をみるという考えに基づいています。
治療方法
私たちの体調は、常に健康か病気か、はっきり区別できるものでは、ありません。
なんとなく体調が悪いけれど、検査しても異常は発見されないといった、病名が付かない不調(未病)のときもあります。
そんな病気未満の症状に対してアプローチできるのが、漢方治療の特徴の一つです。
また、漢方治療では、患者さんの体質・体力・抵抗力など状態を診る「証(しょう)」と不調の原因を「気(き)・血(けつ)・水(すい)」から探ることで、その人に合った処方を行います。
当院では、西洋薬だけで落ち着かない体の不調などに対し、補剤の1つとして、患者さんの体質・体型・抵抗力・自覚症状など判断しながら、処方しています。
なお、当院で処方する漢方薬は、厚生労働省から認可されている「医療用漢方製剤」なので、健康保険が適用されます。
漢方薬治療がおすすめの方
- 耳が詰まりやすい方。
- めまいの発作を繰り返す方
- 回転性めまいよりも、ふらつき感が強い方
- アレルギー性鼻炎や花粉症の薬が合わない方、薬の眠気が強い方。
- メニエール病を繰り返している方
- 慢性副鼻腔炎(蓄膿症)が西洋医薬で改善しない方
- 突発性難聴(難聴、耳鳴、めまいなど)の治療中の方
- 口の中に違和感がある方
- 喉に違和感がある方
- 体の免疫力が落ちていると感じる方
主な症状と漢方薬の処方例
めまい
- 苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
水分代謝の不調が原因となるようなメニエール病などに向いています。急性期を過ぎても残っているフラフラするようなめまい・耳鳴り・頭が重い感じなどに効果的です。めまい再発の予防にも期待できます。 - 半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)
体力の低下や胃腸が弱っている方、高齢者のめまい、頭痛のある方に効果的です。 - 真武湯(しんぶとう)
虚弱な人の胃腸不良や、ふわふわするようなめまい、むくみの方に処方されることがあります。 - 五苓散(ごれいさん)
めまい、頭痛、むくみ、吐き気、下痢など水分代謝の不調が原因と考えられる症状に処方することがあります。メニエール病の方にも向いています。
突発性難聴・メニエール病
- 柴苓湯(さいれいとう)
むくみを取る作用があり、メニエール病の病態である内耳のむくみ(内リンパ水腫)を改善させる目的で、使用します。免疫機能を高め、炎症を抑える効果も期待できます。 - 五苓散(ごれいさん)
体内の水分を良い状態に調節するような作用があるため、内耳のむくみの改善を促します。
耳鳴り
- 釣藤散(ちょうとうさん)
血圧が高めで、耳鳴り・めまい・慢性頭痛を有する方に処方することがあります。 - 牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
高齢者で、耳鳴のため寝つきが悪い、夜間頻尿など排尿障害がある場合に処方することがあります。 - 加味帰脾湯(かみきひとう)
心身が疲れ、精神的に不安定となり、不眠傾向や耳鳴りがある方に処方することがあります。
滲出性中耳炎
- 柴苓湯(さいれいとう)
むくみを取る作用があり、中耳に溜まった水を排出させる目的で、使用します。免疫機能を高め、炎症を抑える効果も期待できます。 - 十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
免疫機能を高めるので、風邪・中耳炎にかかる回数を減らす効果が期待できます。
乳幼児の滲出性中耳炎に処方ことがあります。
アレルギー性鼻炎
- 小青竜湯(しょうせいりゅうとう)
水のような鼻水、くしゃみ、鼻づまり、咳などに効果的です。眠気の副作用はありません。 - 麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)
体を温めて、発汗・発散作用を促します。体力があまり無い方の風邪薬としても使うことがあります。
慢性副鼻腔炎(蓄膿症)
- 辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)
繊毛運動機能の改善作用があるので、粘り気の強い鼻水・痰・鼻水が喉に落ちてくる状態(後鼻漏:こうびろう)を和らげます。 - 葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)
体を温める葛根湯ベースの漢方薬で、体に溜まった余分な水(すい)を発散させ、鼻の血行をよくし、鼻づまりや鼻水などの症状改善が期待できます。
嗅覚障害
- 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
女性ホルモンの1つであるエストロゲン作用を有し、中枢での神経成長因子の活性を高めることが報告されており、嗅覚神経の再生を促す作用があると言われています。感冒後嗅覚障害や加齢による嗅覚障害に処方することがあります。 - 人参養栄湯(にんじんようえいとう)
当帰芍薬散と同じような効果が得られると報告されています。感冒後嗅覚障害や加齢による嗅覚障害に処方することがあります。
喉の炎症
- 荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)
抗生物質などを服用しても炎症が収まらず、炎症が慢性化し、治りにくくなったときに免疫機能を助けるために処方します。扁桃炎以外にも、鼻づまり・にきびなどにも効果的です。 - 桔梗湯
のどが腫れて痛みが強い扁桃炎、扁桃周囲炎などに効果的です。咽頭痛のみが続くときにも処方することがあります。
喉の違和感
- 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
原因不明の喉の違和感(つかえている感じ)に有効です。ストレスを溜めがちな人に向いています。 - 柴朴湯(さいぼくとう)
小柴胡湯と半夏厚朴湯を配合した漢方薬です。気分が塞いで、のど粘膜の再生機能が弱っている場合など、免疫機能の強化や炎症を和らげる効果が期待できます。
咳や痰(たん)
- 麦門冬湯(ばくもんどうとう)
のどの粘膜が乾いてイガイガしているとき、痰が出にくい咳、長引く咳があるときに処方します。気管支炎、気管支ぜんそくに効果的です。 - 五虎湯(ごことう)
ぜいぜいするような咳が長引くとき、気管支を拡げる作用で呼吸を楽にします。 - 竹筎温胆湯(ちくじょうんたんとう)
気管支や肺に慢性疾患がある方など、痰の絡む咳が長続く方に処方します。咳などで寝つきが悪かったり、息苦しくなったりするときに処方することがあります。 - 苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)
胃腸が弱い冷え性の方で、風邪を引いた後の痰が絡む長引く咳が治らない方に処方することがあります。気管支炎や気管支喘息にも用いられます。 - 神秘湯(しんぴとう)
比較的体力のある方向けで、喘息のような苦しい咳が長引く場合に処方することがあります。 - 清肺湯(せいはいとう)
痰の粘度を低下させ、痰の排出を促します。長引く咳にも効果的です。
風邪
体を温める作用のある生薬が使用されることが多いです。
- 葛根湯(かっこんとう)
かぜの初期におすすめの漢方薬です。ただし、体力の極端に落ちた高齢者には、合わないことがあります。 - 麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)
体力がない方の風邪症状に処方されます。 - 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)
体を温める作用があり、しもやけ節々の痛み、頭痛、腹痛、冷え性などがあるときに効果的です。 - 小青竜湯(しょうせいりゅうとう)
水のような鼻水、くしゃみ、鼻づまりに効果的です。 - 麻黄湯(まおうとう)
葛根湯よりも強い発汗作用があるので、体力がある方で高熱や強い筋肉痛などを伴う風邪に効果的です。 - 柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
発熱・悪寒・吐き気や長引く風邪のほか、内臓の痛みにも効果的です。 - 柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)
身体が温まり、喉が潤います。 - 荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)
粘調の鼻水、鼻づまりに有効です。扁桃炎・中耳炎・にきびなどを併発する慢性鼻炎にも効果的です。 - 柴朴湯(さいぼくとう)
小柴胡湯と半夏厚朴湯を配合した漢方薬です。気分が塞いで、のど粘膜の再生機能が弱っている場合など、免疫機能の強化や炎症を和らげる効果が期待できます。 - 柴苓湯(さいれいとう)
むくみを取る作用があり、中耳に溜まった水を排出させる目的で、使用します。免疫機能を高め、炎症を抑える効果も期待できます。
口腔違和感
- 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
ストレス性の症状に効果的です。 - 加味帰脾湯(かみきひとう)
精神を安定させて、口腔内の違和感を落ち着かせます。味覚障害による不安などにも効果があります。
漢方薬治療の流れ
当院では、西洋医学と漢方医学を融合させ、それぞれの良いところを生かし、患者さんに合った治療を行うよう努めています。
診察の際には、詳しく体の状態をお聞きさせていただきます。
よくある質問
漢方薬は、すぐに効かないイメージがありますが……。
漢方薬すべてが、ゆっくり効いてくる訳ではありません。
様々な生薬が配合されているのが漢方薬なので、生薬の中には速やかに悪化した体調を取り除こうとする作用があるものもあれば、体力や抵抗力が落ちている状態、冷え性・のぼせ体質など、全身状態に対して作用するものもあります。
こむら返りによく効く芍薬甘草湯のように飲んですぐ効くタイプの漢方もあれば、ゆっくり効くタイプもあります。基本的に、含まれる生薬の数が6つより少なければ少ないほど早く効き、多いほどゆっくりになると言われています。
自然治癒力を高めて、体全体を整え作用する効果を期待する場合、効きがゆっくりであると感じることが多いです。
漢方薬はいつまで飲めばいいのですか?
風邪や胃腸症状など急性症状の場合には、服用後すぐに症状が治まることもあります。とはいえ、慢性疾患や全身状態を改善するには、長期的(3か月~半年程度)に服用することをおすすめしています。
また、人の状態とは常に一定ではありませんので、まずは2週間くらい服用したら、その処方が現在の状態に合っているのかを一度確認することが必要です。合っていなければ、薬を変更します。
漢方薬に副作用はないですよね?
漢方薬は西洋薬に比べ、効き方がゆっくりとした穏やかなものが多いことから、副作用も少ないと思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、どんな薬にも薬効と同時に副作用があり、漢方薬も例外ではありません。
副作用の有無・出方は、薬の種類や個人の体質などにより異なります。
また、正しく服用していても、副作用が現れることもありますので、服用後いつもと違う症状が現れたり、何か違って感じたりする場合には服用を中止して、すぐに医師やスタッフまでご相談ください。
ほかの薬と一緒に飲んでよいですか?
漢方薬に限らず、西洋薬、市販薬も含め、2つ以上の薬を服用する際には、成分の過剰摂取や相互作用(作用が強く出て、想定外の影響が出ること)に注意する必要があります。例)小柴胡湯とインターフェロン製剤の併用は禁忌など
既に服用しているお薬(処方薬・市販薬)がある場合、必ず医師または薬剤師にご相談ください。
漢方薬は子供でも飲めますか?
お子さんでも、アレルギー性鼻炎、滲出性中耳炎、喘息、思春期のめまいなど漢方薬が有効な場合もあります。
当院で処方する漢方薬は「顆粒製剤」なので、乳幼児のお子さんにも処方しています。
ただし、苦みがあるものもありますので、その場合には市販のオブラートや服薬ゼリーなどに包んで服用いただくと良いでしょう。
院長からのひとこと
漢方には全体的に体の調子を整えるものから、その時の症状を軽くするものまで、色々な種類があります。同じ症状でも、その方の体格や体調に合わせて効きやすいものを選んでいく、そんな奥深い薬です。ご興味ある方は、外来でお気軽にご相談ください。