嗅覚障害(きゅうかくしょうがい)は、匂い(におい)を認知する通り道に何らかの異常が起き、匂いの感覚「嗅覚」が弱くなったり匂いを全く感じなくなったりする状態のことです。

普段、何気なく「匂い」を感じている方が多いかもしれませんが、私たちは匂いを感じることによって、火事・食べ物の腐敗などの危険から身を守り、美味しいもの・風景・思い出などに深い味わいを与え、日々の生活をより豊かなものにしています。
さらに、嗅覚は匂いだけでなく、「味覚」とも密接に関係しているため、ひとたび嗅覚障害が起きると、日常生活に大きな影響を及ぼし、生活の質(QOL)の低下に繋がります。

嗅覚障害は、早めに治療を開始すれば、嗅覚を回復できる可能性があります。
「匂いを感じなくなった」「匂いの感覚が弱くなった」など、これまでと比べて匂いの感覚に違和感を持たれた方は、お気軽にご相談ください。

嗅覚障害とは?

私たちが日ごろ意識せずに感じ取っている「におい」には、美味しい・甘いお菓子・花などの「心地良い匂い」と、生ゴミ・腐った物・ガスなどに対する「不快な臭い」の2種類が存在しています。また、日本語では「匂い」「臭い」と、意味によって漢字を使い分けて表現されています。

では、私たちは匂いをどうやって感じ取っているのでしょうか?

匂いを認知するしくみ

鼻から「匂い分子」が入ると、鼻腔の天井に切手一枚ほどの「嗅上皮(きゅうじょうひ)」と呼ばれるスペースがあり、中には匂いを感知する「嗅細胞」が1,000万個も存在しています。その後、匂いの情報は「嗅神経」を介し、電気信号となって「嗅球」を通って匂いの刺激を知覚し、さらに大脳の嗅覚野に達することで匂いの情報を識別して、「匂い」を認知しています。

(図)嗅覚障害の病態分類

嗅覚障害のパターン

嗅覚障害とは、匂いを感じ取る感覚(嗅覚)が妨げられている状態のことです。
この妨げられる状態には、次のような2つのパターンがあります。

匂いの感覚が弱くなった・匂いが全くしない状態(量的障害)

嗅覚障害を疑い、医療機関を受診される方の原因のほとんどを占めます。

匂いを感じ取ることに、何かしらの変化が起こった状態(質的障害)

起こる変化には、様々なケースがあります。

  • 異嗅症
    本来の匂いと異なる・何を嗅いでも同じ匂いに感じる状態(刺激性異嗅症)、周りに匂いがなくても常に匂いを感じる・本人だけが匂いの感覚を持っている状態(自発性異嗅症)があります。
    量的障害に伴って起こることが多いです。
  • 嗅盲
    ある特定の匂いのみが分からない状態のこと。
  • 嗅覚過敏
    匂いの感覚の低下というよりも、匂いに不快さを感じる傾向があります。そのため、嗅覚検査をしても数値的には異常がでないことが多いです。

そのほか、副鼻腔炎・扁桃炎など病巣からの悪臭を常に感じてしまう「悪臭症」、心因性・精神疾患が背景にあり、実際には起こっていなくても自分が口臭・悪臭を放っていると思い込んでいる「自己臭症」、統合失調症の症状の一つで異臭症と同じように感じる「幻臭」、側頭葉てんかん発作の前兆として現れ、嫌な匂いを感じる「鉤回発作(こうかいほっさ)」などがあります。

嗅覚障害の症状

嗅覚障害で現れる症状には、様々なケースがあります。
下記のような様子に心当たりがあれば、念のため耳鼻咽喉科を受診されることをおすすめします。

  • 鼻水や鼻づまりがあり、匂いがしなくなった
  • 昔と比べて、匂いを感じにくくなった
  • 何かを嗅ぐとき、鼻をかなり近づけないと分からない
  • どれも同じような匂いに思える
  • 周りに匂いがなくても、自分は匂いを感じる
  • 分からない匂いがある
  • 食べ物の風味(香り)を感じなく、何を食べても美味しくない

嗅覚障害の原因と分類

嗅覚障害の根本原因は、匂いを認知するまでの経路に障害が起こることです。
この経路障害を引き起こす要因には、様々あります。

嗅覚低下を起こしやすい要因

嗅覚低下を起こしやすい要因には、次のようなものがあります。

  1. 加齢(老化)
    嗅覚低下を引き起こす最たる要因で、60代以降、有意に低下することが分かっています。少しずつ進行する老眼・難聴と同じように、嗅覚も加齢とともに匂い分子を感知する「嗅細胞」の新生能力が低下するためだと考えられています。
  2. 男性
    嗅覚低下が認められる男性は女性の2倍以上と、男性の方が低下しやすいことが分かっています。また、男性では60代以降、女性では70代以降から少しずつ低下していきます。
  3. 鼻疾患
    嗅覚障害を起こしやすい鼻疾患には、慢性副鼻腔炎(蓄膿症)、感冒後嗅覚障害(風邪)、アレルギー性鼻炎、外傷性嗅覚障害(頭部・顔面の外傷)があります*1
    *1(参考)嗅覚障害診療ガイドライン P.513(P.27)|日本鼻科学会
    https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001102/4/Olfactory%20disturbance.pdf
  4. 喫煙
    たばこの煙を長期間吸引すると、においを感知する嗅上皮の嗅神経細胞の低下と嗅覚障害が起こり、嗅上皮の再生遅延が生じたとする調査結果があります。
    さらに、加齢が加わると、喫煙による嗅神経細胞の細胞死が亢進して、嗅覚障害が持続するとも報告されています*2
    *2(参考)タバコ煙と加齢による嗅覚障害の機序-嗅上皮障害を中心にー上羽瑠美 東京大学耳鼻咽喉科・統計部外科 日鼻誌(59)1:91、2020)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrhi/59/1/59_91/_pdf
  5. 生活習慣病
    動脈硬化や糖尿病などの生活習慣病がある方は、嗅覚低下を起こしやすいとされています。

嗅覚障害の病態分類

嗅覚障害では、障害が起こる場所や要因など病態によって、次の3つに分類されます。

  1. 気導性(呼吸性)嗅覚障害
    嗅覚障害の原因のうち、約半数を占めます。
    【障害が起こる場所】鼻腔(びくう)
    【要因】匂いセンサー(嗅粘膜)まで、匂い分子を含んだ空気が届かない
    【主な原因疾患】副鼻腔炎・アレルギー性鼻炎・鼻中隔弯曲症など
  2. 嗅神経性(末梢性)嗅覚障害
    匂いを感じ取る「嗅細胞」自体がダメージを受けると、高度な嗅覚障害が起こりやすく、嗅覚が回復しにくい傾向があります。
    【障害が起こる場所】嗅細胞
    【要因】嗅粘膜の中の嗅細胞が傷つく、嗅神経が切れる
    【主な原因疾患】風邪やインフルエンザなどウイルス感染・薬剤の影響・頭部の外傷(軽い脳しんとう)など
  3. 中枢性嗅覚障害
    近年は、アルツハイマー型認知症や前段階である軽度認知障害(MCI)の初期症状に嗅覚障害が現れることが知られています。海外の研究では、嗅覚が平均以下の高齢者では、平均以上の方と比べて、軽度認知障害の発症率が約50%以上高くなると報告されています。
    レビー小体型認知症や認知症を伴うパーキンソン病でも、早期から嗅覚障害を起こしやすいです。
    【障害が起こる場所】嗅神経から大脳
    【要因】匂いの情報を処理する脳が障害を受ける
    【主な原因疾患】脳挫傷(のうざしょう:脳の打撲)などの頭部外傷、脳腫瘍・脳出血・脳梗塞など脳の病気、パーキンソン病・アルツハイマー型認知症など脳神経の病気
(図)嗅覚障害の病態分類

嗅覚障害の検査・診断

問診

嗅覚障害の診断にあたり、重要な情報となるのが「問診」です。
匂いの感知で、どのようなことに困っているかをお聞かせください。
症状のほか、発症時期・味覚障害の有無・病歴・お薬の服用歴など詳しくお伺いします。

鼻内視鏡検査

ファイバースコープで、「匂い分子」の伝達を妨げるような腫れ・ポリープ(鼻茸)・鼻水などがないか、鼻粘膜の状態を確認します。副鼻腔炎・鼻中隔弯曲症(鼻の中の仕切りが片方に寄っている状態)・急性鼻炎など、鼻の病気があるかどうかの確認も併せて行います。

嗅覚検査

実際に匂いを嗅いで、嗅覚が正常であるかどうかを診断するために行う検査です。
当院では、「静脈的嗅覚検査(アリナミンテスト)」を実施しています。
アリナミンテストでは、ニンニク臭のあるアリナミン注射薬を静脈(主に肘)に注射します。静脈から肺を通り、吐く息の中に含まれて、ご自身が匂い(注射薬のニンニク臭)を感じ始めるまでの時間と匂いの持続時間を計測します。この検査で反応がある場合、嗅神経は残っていると推測されます。

画像検査(X線検査・CT・MRI)

必要に応じて、X線検査(レントゲン)・CT検査にて副鼻腔炎や鼻中隔弯曲症があるか、鼻粘膜が分布する場所の形に異常はないかを調べます。また、中枢性疾患の有無を調べるためにMRI検査を行うことがあります。
※CT検査・MRI検査が必要な場合、基幹病院にご紹介させていただきます。

血液検査

亜鉛不足は、嗅覚障害の原因となることがあります。亜鉛不足は味覚障害でよくみられますが、嗅覚低下が主な原因である風味障害でも血清亜鉛値低下例が認められています。亜鉛は酵素の活性中心として体にとって重要な役割を担っており、亜鉛欠乏があるとDNA・RNA・タンパク質の再合成が低下し、細胞の新陳代謝が低下します。亜鉛欠乏が嗅覚障害の原因となるかどうかは、まだはっきりしたことがわかっていません。ただし、嗅神経細胞も味細胞と同様にターンオーバーを繰り返すため、亜鉛欠乏が風味障害例において嗅覚障害の成立に何らかの関係がある可能性が考えられます。
そのほか、血液中の好酸球の割合やアレルギーの有無などを調べるために採血を行うことがあります。
(参考)嗅覚障害に合併する味覚障害の検討 日耳鼻 112:110-115.2009

嗅覚障害の治療

嗅覚障害の治療の基本は、まず原因となっている疾患の治療となります。
主に鼻の処置、ステロイド内服・ステロイド点鼻薬・ビタミン製剤・代謝改善薬・亜鉛製剤・漢方薬などの「薬物療法」を中心に行いますが、場合により「外科的手術」を検討することがあります。

また、嗅覚障害では、匂いを感じない期間が6か月以上続くと、匂いの感覚が回復しにくい傾向があるため、早期治療開始がポイントとなります。

なお、嗅覚障害の治り方には個人差がありますが、治療を開始してすぐに嗅覚を回復するケースはほとんどありません。数か月~数年と時間をかけて、じっくり治療を続けることが大切です。

嗅覚障害の主な原因に対する治療法は、次の通りです。

副鼻腔炎

鼻洗浄、ネブライザー治療(鼻や口から霧状の薬剤を吸入して、患部に直接薬剤を当てる治療)、抗アレルギー薬・抗生物質・ステロイド薬の内服、ステロイド点鼻薬(鼻に直接薬剤を噴霧する薬)などの処方を行います。
薬物療法を行っても改善がみられなかったり、大きなポリープがあったりする場合には「内視鏡下副鼻腔手術」を検討します。
※手術が必要と思われる場合は、基幹病院にご紹介させていただきます。

感冒後(風邪の後)

ステロイドの内服治療を中心に、漢方薬・ビタミンB12製剤・亜鉛製剤を併用することがあります。
近年は、感冒後嗅覚障害に対して「嗅覚刺激療法」が注目されています。
嗅覚刺激療法は、4種類(バラ・レモン・ユーカリ・グローブ)の匂いを10秒嗅ぐことを1日2回、3か月以上行う、匂いのリハビリテーションです。
ポイントは、「日常生活で意識して匂いを嗅ぐ」ということです。
発症から1年以内に行うと、嗅覚神経細胞を刺激して、再生を促す効果が期待できるとされています。

アレルギー性鼻炎

鼻洗浄、ネブライザー治療、抗アレルギー薬の内服を行います。

鼻中隔弯曲症

外科的手術による鼻中隔の矯正を検討します。
※手術が必要と思われる場合は、基幹病院にご紹介させていただきます。

嗅覚障害の予防法

嗅覚障害を予防するには、嗅覚が低下する要因を回避することが重要です。
「加齢」「男性」などの抗えない要因もありますが、それ以外の要因については回避するようにすると良いでしょう。

嗅覚低下リスクを回避させるためには、次のようなことがおすすめです。

  1. 適度な運動
    筋力や骨格筋の低下を伴うと、男性と比べて女性の方が嗅覚低下を起こしやすいことが調査で判明しています。
    激しい運動ではなく、やや汗ばむ程度で適度に継続できる運動(ウォーキングや軽い筋トレなどを週3回以上)を行うと良いでしょう。適度な運動は色々な病気予防に繋がります。
  2. 鼻の病気の治療
    副鼻腔炎・アレルギー性鼻炎、鼻腔ポリープなどがある場合には、適切な治療を受けましょう。
  3. 禁煙
    匂いの感知する細胞の障害を防ぐために、積極的に禁煙することをおすすめします。
  4. 風邪を引かない
    嗅粘膜の炎症を起こさないためには「風邪を引かないこと」が大切です。
    日頃から、こまめにうがい・手洗いを行うなど基本的な感染対策を行うようにしましょう。
  5. 風邪を引いた後の嗅覚障害を放置しない
    感冒後の嗅覚障害を放置しておくと、嗅覚障害が残ることがあります。
    嗅覚異常に気づいたら、早めに治療しましょう。
  6. 生活習慣病の予防・治療
    生活習慣病は予防するとともに、既に患っている場合には適切な治療を行い、良い状態を保つことが大切です。
  7. 意識して匂いを嗅ぐ習慣をつける
    匂いを感知する「嗅神経細胞」は死滅と再生を繰り返しています。匂いの刺激を与えることで細胞が再生するため、刺激を与えないと、死滅が進み、嗅覚は衰えていきます。そのため、朝晩30秒、3種類の匂いを10秒ずつ嗅ぐトレーニングがおすすめです。
    匂いは何でもよいのですが、「これは〇〇の匂い」と意識しながら、嗅ぐことがポイントです。

よくあるご質問

嗅覚は老化しますか?

視覚・聴覚など他の感覚と同じように、老化とともに嗅覚機能は低下します。男性では60歳代以降、女性では70歳代以降に嗅覚の低下がみられます。アメリカでの大規模調査によると、65歳以上の約14%に嗅覚低下が認められ、低下した割合では男性は女性の2倍以上であったと報告されており、日本でも同様な調査結果が得られています*3
しかし、調査の中で7割の方が自分の嗅覚は落ちていないと思っており、ご自身の嗅覚低下に気づいていないという問題も同時に明らかになっています。
日常生活の中で匂いを意識することが少ない上、匂いには順応性があるので嫌な臭いでも次第に慣れて感じなくなってしまう点が、ご自身の嗅覚低下に気づきにくい背景にあると推察されています。
*3(参考)アンチエイジングへの挑戦 嗅覚 日耳鼻 121:1043-1050,2018
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/121/8/121_1043/_pdf

嗅覚障害での受診のタイミングを教えてください

次のような様子がみられたら、すみやか受診されることをおすすめします。

  • 意識して匂いを嗅いでも、匂いを感じにくい/匂いを感じない
  • 今までと比べて、匂いの感じ方が異なる、違和感がある(本来とは異なる匂いがする/匂いがしないはずなのに匂うなど)
  • 上記のような様子が1カ月以上続いている

嗅覚障害は治りますか?

症状の改善具合については、個人差があるので、一概に断言できません。
目安として、嗅細胞や嗅神経が傷ついていない場合では比較的改善が期待できる一方で、嗅細胞や嗅神経が傷ついてしまうと、高度な嗅覚障害となり、改善が難しくなる傾向があります。また、適切な治療を行っても嗅覚が戻らないこともあります。

なお、新型コロナウイルス(COVID-19)による嗅覚障害(後遺症も含む)については、2021年7月に日本耳鼻咽喉科学会から日本国内での調査結果(第一弾)が発表されています。
※調査時と現在の流行株では異なる場合があります。

<参考:新型コロナウイルス感染症と嗅覚障害に対する学会の報告>
報告によると、新型コロナに感染した約57%の方に嗅覚障害、約40%の方に味覚障害がみられ、これらの障害発生は鼻づまり・鼻水・くしゃみ・鼻の痛みに関係した結果となっていました。また、発症後1か月後の改善率は嗅覚障害で約60%、味覚障害で約84%と大半の方は改善傾向にあったと報告しており、これは海外での報告と一致していました。

(参考)新型コロナウイルス感染症による嗅覚、味覚障害の機序と疫学、予後の解明に資する研究成果の発表|日本耳鼻咽喉科学会
http://www.jibika.or.jp/media/pressrelease/2107_covid-19.html

院長からのひとこと

匂いというのは人間の五感のうちの1つです。
美味しい食べ物の匂い、心を癒す花の香り、ほっとする赤ちゃんの匂い、不快感がする生ごみの臭いなど、人は匂いによって情動が左右されます。匂いを感じなくなると、嫌な臭いはしにくくなるかもしれませんが、生活の楽しみは少なくなりそうです。
ガスの漏れている臭いや何かが焦げている臭いがわからなかったら、命の危険にも及ぶことがあります。また、最近では認知症の初期症状の1つに嗅覚障害も挙げられています。
おかしいな、と思ったら、お気軽に耳鼻科を受診してください。

記事執筆者

木戸みみ・はな・のどクリニック
院長 木戸 茉莉子

  • 耳鼻咽喉科専門医
  • 補聴器相談医
  • 身体障害者福祉法指定医
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